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福岡高等裁判所 昭和32年(ウ)219号 決定

申立人 山田いと

被申立人 熊本国税局長

訴訟代理人 小林定人 外一名

主文

本件申立を棄却する。

理由

申立人の申立理由の要旨は、別府税務署長は申立人の昭和二五年分所得額を金二、三一八、〇〇〇円と決定し、それに基く所得税の滞納処分として昭和二六年九月二九日申立人の所有不動産を差押えた。しかし申立人の同年度所骨額は金二三三、四〇〇円であり、右所得決定は不当であるので、申立人は熊本地方裁判所に所得決定額不服の訴を提起し、一審においては申立人敗訴の判決が言渡されたが、申立人は控訴を申立て、現に昭和三〇年(ネ)第二六一号事件として係属中であり、申立人は右事件において勝訴の判決を得るものと確信している。しかるに被申立人は前記差押物件を昭和三二年一〇月上旬頃公売すべき旨の通知をした。

しかしながら右公売を実施されるときは、差押物件中の鬼石坊主地獄、御西方図地獄はその水源から切離されることとなり、水のない地獄は死滅であり、飲料水も止まることになる。

その結果地獄組合からの除名は必至で観光客も皆無となる。また差押物件中その他の土地建物の大部分は右両地獄と関連しているので、これらが公売されるときは両地獄は孤立状態となりその経営は殆んど不可能になるので、申立人は回復すべからざる莫大な損害を蒙るのである。他方申立人は本件差押物件の外にも愛媛県松山市内に宅地約五〇〇坪、建物五〇坪、同県宇和島市内に宅地三五〇坪余、建物四五坪余を所有し、且つ被申立人は本件差押によりその権利は十分確保されており、本案訴訟の判決あるまで滞納処分を停止されても何等の損失も蒙ることなく、また右処分の執行停止により公共の福祉に重大な影響を及ぼす虞のないことも明らかであるので、こゝに行政事件訴訟特例法第一〇条により右処分の執行停止決定を求める、というのである。

しかしながら行政事件訴訟特例法第一〇条により裁判所が処分の執行を停止すべきことを命ずるのは、処分の執行により生ずべき償うことのできない損害を避けるため緊急の必要がある場合に限られるのであるところ、本件においては右緊急の必要あるものとは認められない。なんとなれば国税の滞納処分は納税者が一応滞納税額及び滞納処分費を完納しさえすれば当然取消されるのであり、後日に至り滞納処分の基本となつた国税賦課処分が、これに対する抗告訴訟の判決によつて取消された場合は、過納税額及び滞納処分費は当然納税者に還付されることは国税徴収法の定めるところである。但し十分の資力を有しない者に著しく過大な租税賦課処分がなされ、これに基き滞納処分がなされた場合の如きは、その納税者に一応にもせよ滞納税額の完納を求めることは甚だ無理なことといえるであろう。

しかし本件においては、申立人は本件差押物件以外にも多額の資産毎有することは申立人の自陳するところであるのみならず、本案抗告訴訟における口頭弁論の結果によれば、申立人の夫であり本件差押物件についてもその実権者であると目される訴外山田預一は巨額の資産を有する者であることが推認し得られるので、申立人において本件滞納税額を一応完納することは格別の難事ではないと認められるのである。さすれば本件差押物件の公売実施により申立人の蒙ることあるべき損害を避けるため、処分の執行を停止しなければならない緊急の必要あるものとは未だ認められない。よつて、本件申立は理由がないからこれを棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判官 竹下利之右衛門 小西信三 岩永金次郎)

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